シャンボール・ミュジニー ヴィエイユ・ヴィーニュ 2021 パトリス・リオン

ワイン

土曜日の午前中。毎朝の日課である玄関・トイレ・洗面台の掃除を終え、書斎にあるサウナ室へ。
柔らかな蒸気と木の温もりに包まれながら、1週間の疲れや心配事が徐々にほぐれていきます。
やがて、この1週間で出会った人たちへの感謝や喜び、そしてこれからの楽しみが、静かに心の中に満ちていきます。
そんな穏やかな休日の昼下がり、1か月前にコラヴァンで開栓したワインを再び味わいます。

シャンボール・ミュジニーのテロワール

ブルゴーニュ地方の中心を南北に走る「コート・ド・ニュイ」。その中でも、シャンボール・ミュジニー村はヴージョ村とモレ・サン・ドニ村の間に位置し、グラン・クリュのボンヌ・マールやミュジニーを擁する小さな産地です。

標高は約250〜300mと適度な高さにあり、丘の中腹にブドウ畑が広がります。
この立地がもたらすのは、日照と風通しのバランスがとれた冷涼な環境。過剰な熟度に陥ることなく、果実のフレッシュさや酸を美しく保つことができます。

地質は、粘土質と石灰質の混合。粘土質はワインに柔らかさと丸みを、石灰質はミネラル感と張りのある酸を与えます。さらに、比較的浅く根を張る地層が、ブドウに繊細な香りとエレガントな骨格をもたらします。

こうしたテロワールの要素が一体となり、シャンボール・ミュジニーはブルゴーニュの中でも「女性的」「繊細」「気品ある」と形容される独特のスタイルを築いてきました。
赤系果実を中心とした明るい香り、軽やかなボディ、そして口当たりの滑らかさ。まるでシルクのような質感は、ピノ・ノワールの中でも特に洗練された表現のひとつです。

ヴィエイユ・ヴィーニュ 樹齢が語る深み

「ヴィエイユ・ヴィーニュ」とは、一般的に樹齢30年以上の古木から収穫されたブドウを使用したワインを指します。

古樹の最大の特徴は、収量が自然と抑えられることです。
年を経たブドウ樹は実を多く付けることはありませんが、その分、一本一本の果実に凝縮感が生まれます。
また、長年にわたり地中深くまで根を伸ばしてきたことで、複雑なミネラル分や土壌の個性をしっかりと吸い上げることができます。

その結果、ヴィエイユ・ヴィーニュのワインは、香りに奥行きがあり、味わいはより深く、落ち着いた印象を持ちます。
若い樹のワインに見られる華やかさや軽快さとは異なり、重さではなく「静けさ」や「余韻の美しさ」で魅了するスタイルです。

この古樹から生まれたシャンボール・ミュジニーもまた、果実の明るさの中に、静かな芯の強さと繊細なニュアンスを携えています。

造り手 ドメーヌ・パトリス・リオン

この古樹の魅力を丁寧に引き出しているのが、ドメーヌ・ミシェル・エ・パトリス・リオンです。1990年、パトリスがまだ家族経営のドメーヌで醸造責任者を務めていた頃に、妻ミシェルとともに立ち上げた小さなドメーヌです。2000年には完全に独立し、新たなセラーを構えてからは、自らの哲学に基づくワイン造りを本格的に展開してきました。

畑はコート・ド・ニュイに9ヘクタールを所有し、ニュイ・サン・ジョルジュやヴォーヌ・ロマネ、そしてシャンボール・ミュジニーなどの銘醸地に点在しています。また、自社畑に加えて、フィロソフィーを共有する契約農家からもぶどうを仕入れています。

収穫はすべて手摘み。熟度の判断はとても慎重で、完熟一歩手前の酸と香りが保たれた状態で収穫されます。セラーでは二段階の選果が行われ、まず房単位で、次に除梗後に果粒単位で選り分けられます。除梗の割合はキュヴェによって異なり、50〜100%で調整。その年の果梗の質や目指すスタイルに応じて、柔軟に対応しています。

発酵前には亜硫酸塩を加えず、自然酵母による発酵が始まる前に、数日間タンクを冷却して発酵を抑制する低温浸漬(コールドマセラシオン)を行います。この工程で香りや色調、繊細な成分を穏やかに引き出しながら、ピノ・ノワール本来の果実味や上品さを保ちます。

発酵が始まると、キュヴェゾン(果皮との浸漬期間)は約3週間。その後のプレスも、あくまでテイスティングによって判断され、ワインの構造やタンニンのバランスが整った最適なタイミングで行われます。

熟成はオーク樽で15〜18か月。新樽の使用率は村名〜1級畑で25〜30%に抑えられ、酸素との接触を極力避けた還元的なスタイルが取られます。これにより、ワインは果実味とフレッシュさを保ちながらも、樽香に支配されない清らかな味わいに仕上がります。瓶詰め前には数週間ステンレスタンクで落ち着かせ、キュヴェ全体の一体感を整えます。

こうして生まれるワインは、その土地のテロワールをありのままに映し出しながら、ピノ・ノワールの持つ繊細さやフレッシュさ、そして一部の畑に宿るミネラル感を美しく表現します。
滑らかな口当たりと丸みのあるタンニンが調和し、シルクのような質感と上品な余韻を持つ、非常に魅力的なスタイルに仕上がっています。

テイスティング 初回

開栓直後のワインは、透明感のあるルビー色。
ほのかに立ち上がる香りは凝縮感のある赤系果実と青みがかった清涼感のあるハーブ、微かに湿った土のような奥行きのある香り。
味わいは非常に軽やか。瑞々しい果実の甘みときれいな酸が印象的で、タンニンは控えめかつ滑らか。果実と酸が美しく調和し、滑らかなタンニンを残して静かに消えていきます。

テイスティング 1か月後

透明感のあるルビー色はそのままに、縁にはわずかな黄色みが現れ、時間の経過を思わせます。
香りはより落ち着き、ベリーの甘い香りに加え、茎のような青さや湿った土のような香りが顔を覗かせます。
味わいは、酸を主体に甘みがより一体となり、口当たりはとても滑らか。タンニンは丸みを帯び、全体として非常に整った印象。
余韻にはほのかな甘みを残しながら、シルクのようなタンニンが長く静かに続きます。

ペアリング

塩漬けオリーブの塩味と苦味が、ワインの果実の甘さを引き立てます。タンニンがより円やかに感じられ、シルキーな口当たりがより強調されます。
パテ・ド・カンパーニュの肉の脂と旨みがワインの酸を中和し、甘やかな果実の印象が包まれるように前面に感じられます。
ワインの持つフルーティーさ、華やかさを引き立てるマリアージュ。

まとめ

1か月という時間がワインにもたらしたのは、劇的な変化ではなく、静かに整っていくような落ち着きでした。
香りの骨格は大きく変わらずとも、青さと土のニュアンスがより深まり、どこか内省的な趣に。
味わいでは、果実の甘みと酸がしなやかに結びつき、質感にはより滑らかで包み込むような丸みが現れました。

開栓直後の可憐で瑞々しい表情、そして時間を経て見せる落ち着いた佇まい。そのどちらもが、このシャンボール・ミュジニーの持つ二面性であり、魅力です。
まるでワインが、時間のなかで語り口を変えながら、自らの物語をそっと語りかけてくるような。そんな静かで豊かな体験を、この1本が与えてくれました。

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